2017年11月9日木曜日

「少ない時間を大切に」

トーナメントとは残酷なもので、敗北したらその日で終わりだし、優勝する1チーム以外のチームは何処かしらで悔し涙を流して志半ばに引退することとなる。毎週引退の可能性があるわけで、そのことを常に胸に刻みながら1日1日の練習をひたすら頑張らなければいけないと思う。ただ、先週のTM横国戦後に錬が言っていたように、たとえ必死でも闇雲に頑張るだけでは結果はついてこない。ただただ何も考えずに頑張るのではなく、一つ一つのプレイに対して、自分なりの理由を持った責任あるプレイを心がけ、残り少ない毎日を大切にしていきたい。

正直こんなことは当たり前のことだし、最後のブログに書くものではないと思うけど、先週の横国戦ではこれができずに惨敗し、まだまだ4年生としての覚悟が足りてないと思ったので、自戒の念を込めて書かせてもらいました。あの試合はとても悔いの残る試合だったし、あれが最後にならなくて本当に良かった。あの日あの場所にいた人は皆身に沁みたと思うけど、一つ一つのプレイや岡谷の言ってた非プレイ時のふるまいなど、この時期だからこそ基本的な部分をしっかり振り返り、毎回悔いのない試合を戦っていき、そして最後には嬉し涙を流して引退したいなと思います。

最近の出来事
ブログやインターンのESを書く度に文才の無さを痛感してます。

#22 藤井拓郎

2017年11月8日水曜日

価値

どのくらいの人が知っているか分からないけど、僕は、処分解除を境にサッカー部を引退するつもりでした。
リーグ戦に出れないこと、処分解除に向けて力を尽くし四年としての責任を僅かながらでも全う出来た満足感、そして、サッカーへのモチベーションがなくなってしまったこと。
活動停止期間中にサッカーから離れて、部活のこと、これからのことなど色んなことを考えているうちに、サッカーに四年間をかけて打ち込むことで何らかの価値が得られるという自分の思いが、盲目的でとても視野の狭いものであったと思うようになりました。
打ち込むものはべつにサッカーである必要はないし、今まで掲げてきた目標もなくなってしまった。
そんな自分が、活動再開後も、全力でサッカーに向き合える自信がありませんでした。

半ば強制的にサッカーを続けることになった後、最も強く感じることは、何て自分の思い通りにならないことが多いのだろう、ということです。
これは、処分期間の様々な出来事を通して感じたことでもあります。
上手くいかないことのほとんどは、自分に帰責すると考えてきましたが、この一年は、そうもいかない場面が本当に多かったです。

こういう状況の中で、自分に帰責しようがしまいが、物事の結果に囚われ続けました。目の前の出来事に一喜一憂し続け、果たして長期的な視野で今の失敗をポジティブに捉えることは出来ませんでした。

ですが、そんな中でも、やるべきことは変わりませんでした。目の前の課題と向き合い、試行錯誤を続ける。それだけです。
自らの力で変えられることはあまり多くありません。変えられない現実を前に自らの姿勢、態度を決めることしか出来ないのかもしれません。

それでは、理不尽な現実に立ち向かう価値はどこにあるのでしょうか。

絶対的に正しい答えは存在しないなか、主観的な基準に基づき、限定された環境に応じて、自らの態度を決定する。

人生をそうした選択の連続だと捉えたとき、選択の対象に価値を見出だすことはとても危ういです。
どういう態度を選択するか、は、自らの主観、与えられた選択肢(環境)によるものであり、ぼくの経験上、このふたつは、実によく変わってしまうからです。ある時期の主観、環境においてベストな選択が常に正しいとは限らず、むしろ過去に囚われることなく、新たな選択を模索するべき時もあるはずです。

絶対的に不変なのは、そうした態度を決定する自由を必ず自分が持っている、ということです。
つまり、現実にどれだけ打ちのめされようが、どんな選択をしようが、最終的に決定したのは他でもない自分です。だから、態度を決定するという行為にこそ価値があるのだと思います。

はなしがややこしくなってしまいましたが、要は、理不尽な現実に立ち向かうことに価値があるのではなく、そのような態度を他でもない自らの意志で選択した行為に価値がある、ということです。

極端なはなし、立ち向かおうが逃げようが、筋を通そうが通さなかろうが構わないと言っているわけで、こういう考え方はあまり格好良いものではありません。

ですが、格好良い正論だけで生きられるほど人は強くないです。
他人に迷惑をかけることは論外ですが、矛盾だらけの自分をそのまま認めてあげること。弱い自分を信じること。
そういう強さも必要なんじゃないか、と思っています。

最近の出来事
ほんまの手のひら返しこわい

#20 佐々木錬

2017年11月7日火曜日

「心震わす瞬間を共に」


 

引退まで、感情爆発させる3週間を過ごしたい。

 

 

僕のプレーを見る人に少しでも感動を与えられるようなプレーをしたい。

 

 

後輩や同期の、気迫籠ったプレーを目に焼き付けたい。

 

 

全ての試合で点取って守って試合に勝って、抱き合って喜び合いたい。

 

 

続けて良かったって同期みんなで言える終わり方をしたい。

 

 

トーナメント優勝して、つらかったこととか全部忘れて皆で喜び合うような、心震わす経験をしたい。

 

 

がんばりましょう。

 

 

最近の出来事

・単位欲しい

・PK全外しのまま引退したくない

・人のは怖くて蹴れない

・僕が倒れたら吹いてください

#18 本間恒輝

2017年11月5日日曜日

残された時間

時間がない。時間が無さ過ぎてブログに何を書けばいいか全く思い浮かばない。それくらい今自分は残された時間の焦りに頭を支配されている。

ア式にしても学生生活にしても。大雑把過ぎたのかなあ。何だか理論に振り回されて考え過ぎてしまった感はある。もっとシンプルであるべきだったのかもしれない。

多くてあと1ヶ月。ここで結果を得なければ本当に一生この悔しさを引きずると思う。このまま引退は死んでもしたくない。後輩に繋がなきゃいけないこともある。メンタル班のことや会計班のことや。

人それぞれに役割があって影響力があって、その影響力の大きさがそいつのリーダーシップでありそいつの価値だと思う。価値、と何か無機質で寂しい言葉を使ってしまったが、組織の中にいる以上その価値の大小は存在するし、その順に組織の中で優劣が決まってくると思う。

結局は自分次第。何を目標とするかはそれぞれあると思うけど、後輩のみんな。何が何でもやってやるという気持ちでやって下さい。僕は個人が独立して自分の目標に向けて真っ直ぐな組織が好きなので。一人一人が大きな影響力を持って欲しいしそのための努力をして欲しいです。いつかそういった人の活躍を耳にできたら嬉しいです。

引退した後書いたようなジジくさいブログになったけど、このまま引退は死んでもしない。間違いなくここに来て自戒のブログです。まだ終わらせない。

最近の出来事

優ちゃんに、公私混同したいんですよね?って最近よく言われる。

#14 仁賀雅之

2017年11月3日金曜日

『ア式が好き』

なんでア式に入ったんだろう。
なんでマネージャーになったんだろう。

ア式に入って2年3年と経ち、部活生活に慣れてくるにつれて、この疑問が浮かぶことが多くなっていました。
ア式に入った理由もマネージャーをやっている理由も、表面的なものならいくらでも言える。
でも本音では、やっぱり自分でスポーツすればよかったなと思うことが多々あるし、高校の友達と旅行に行ったりバイトが充実していたりすると、「ア式に入らなかった自分」を想像してしまったことも一度や二度ではありません。

こんな悶々とした気持ちが心の片隅にずっとあった3年生のとき、私事ですがとてもつらい出来事があり、部活を辞めようとしました。
何もかもどうでもよくて、自分がどん底なのに元気にサッカーしてる人たちを支えてる場合じゃないし、ましてやもうすぐ最高学年なのにやる気がないまま続けても迷惑なだけだと思いました。

その状態で私が部活を続けようと思い直せたのは、マネージャーの皆の存在が本当に大きかったです。
心配してラインをくれたり、いつも通りに楽しく話してくれたり、話を聞いてくれたり。一緒にいるとめちゃくちゃ元気が出て、単純にこの人たちと一緒にいる時間をここで終わらせたくないと思わせてくれました。

そして冬オフが明けて、新人戦期から休みをもらっていたのでだいぶ久々の部活でしたが、行ってみたら驚くほど楽しくて。
真剣にプレーしてる表情とか、悔しがってるところとか、点を決めて抑えきれずに全力でガッツポーズしてるところとか、皆のそういう剥き出しの感情を見ていたら、なんだか吹っ切れたような気持ちになりました。
私はマネージャーとして偉そうに皆を支えようと頑張っているつもりで、だからこそ自分が部活にいる意味とか難しく考えていたけれど、何のことはなく、
ア式の皆といると元気をもらえるから、一橋ア式というチームのサッカーが好きだから、自分のためにここにいるんだ、とその時に気づきました。

根暗なので体育会のわちゃわちゃしたノリも汚い一発芸もついていけないと思い続けてきましたが。
それでもやっぱりア式は私の拠り所です。

それから、皆に伝えたいのは、ア式のサッカーには人の心を動かす力があるということ。
少なくとも私にとってア式のサッカーには、他のどのチームよりも一番、人を感動させる力があります。
たぶんそれは、ただ近くで見ているから愛着が湧いているというだけではなくて、応援やイベントを大事にしていて、マネージャーもプレーヤーも関係なく一人ひとりが部活に貢献しようともがいているからこその魅力なんだと思います。
だから今後もっともっと、主体性だったり他の部員を尊重する姿勢だったり、そういう自分達の良さに磨きをかけて、ア式を応援してくれる全ての人の悩みをサッカーで吹っ飛ばすくらいの素敵なチームになってほしいです。

支離滅裂なブログになりましたが、つまりア式が大好きという話でした。
入学当初、悩んだ末にア式を選んだ自分を褒めてあげたいです。

まだ皆と部活をしていたいので、東京都トーナメントは全部勝ちましょう。

最近の出来事
・いつもブログが支離滅裂になる

・新歓鍋パーティとても楽しかった

・就浪することに決めました。みんな来年もよろしくね

#MGR 河野香苗

2017年11月2日木曜日

 
最後のブログという事で、今までの自分の書いたブログを見つかる分は見直してみた。自分も白藤と同じで、ブログを書くのが苦手である。変に凝ったものを書いてみようとしたり、就活の時に完全に病んでいる内容にしてみたり、その時々に「考えているべき」ことを書いてみたりしていた。内容を確認して、自分の浅さを改めて痛感する。普段から考えている量が多い人間は考えすぎなくても良い文章が自然に書けるのかな、とか感じてしまう。(宗が超大作を書いてしまい、滅茶苦茶ハードルが上がったので頑張って書きます)

 

 

 

 

前にも書いたかもしれないけれど、この部に入部してから自分の中で一番印象に残っているのは1年の時のキャプテンだった田中さんに直接言われた言葉だと思う。

 

「自分を持たないと、都合の良いだけの人間になるぞ。」

 

確かこのような感じだった。(違っていたらごめんなさい)

それから何かサッカーに関することで悩むと、この言葉が頭に浮かんでくるようになった。結局自分は自分を持てるようになったのだろうか。都合の良いだけの人間になってないか。

 

 

自分はサッカーが好きだ。本当に楽しいスポーツだと思う。上手ではないけれども、イメージ通りにプレーできた瞬間がたまらなく嬉しいし、自分が出ていない試合でも味方が勝てば嬉しい。このようなサッカーの楽しさを教えてくれた小学校の時の監督には本当に感謝してもしきれない。中高と同じくサッカーを続けて、その気持ちが変わることはなかった。だから死ぬほど勉強してこの大学に受かって、好きなサッカーを真剣に続けられるこの部活に入るのは自然な流れだった。しかし、中々思い通りにプレーすることはできなかった。

 

高校までの自分は本当に狭い世界で生きてきて、サッカーに関しても与えられた役割をひたすらにこなすようなことが多かった。言ってしまえば環境によって自分が形成されていた。受験に関してもそうで、周囲の期待がある以上、途中から後に引けなくなって必死に勉強することが全てであった。間違いなくこの大学に入学できたことは人生おいてプラスだし、地元に残っていては知ることができないことを経験した。しかし受験生の時はそこまで考えておらず、勉強するための環境があったからひたすら勉強していたように思える。

 

 

では「自主性」が求められる環境のこの部で、自分はどのように形成されてきたのか。恐らく2年目ぐらいまでは自主性は全く欠けていた。3年目で少し得られた。入ったばかりのころは右も左もわからず、DFなのかFWなのかもはっきりせず、全く上手くプレーできた記憶がない。2年目からは前線での起用が増えたけれども、それは自分でポジションを勝ち取ったわけではなかった。(色々試してくれた金田さんには超感謝しています)3年目でやっと自分からサイドバックやFWをやるために必要な要素を考えだした。流石に4年目になったらいろいろ考えるようになった。

 

 

結局、振り返ると自分に与えられたポジションで頑張る、という時間の方が長かったような気がする。それは高校までの態度と全く変わらず、中々うまくやれない時期は正直楽しくなかった。表面上普段通りを装うけれど、実際はそれどころじゃなかった。全く楽しくないし、上達する気もしないから。よくわからない方向に向けて努力し続けるのは本当に苦しいことだと知った。だからそのような時期は結果が目に見えやすい筋トレなどに逃げた。それを選択したのは弱い自分であって、楽しいはずのサッカーを苦しいものにしてしまっていた。

 

ただ、そのような状況の中でも自分の中に変わらないものがあって、それは「自分の担う役割を果たす」という意思であった。

 

その意思があったから様々なポジションで(FWができなくても)頑張ることができたし、プレー以外の面で、例えばイヤーブックなどで部に貢献しようという気持ちを持ち続けることができた。当然リーグ戦に出場して活躍できる人間は限られている訳で、それ以外の人間に何ができるか。そういうことを考え続けてきた4年間だったと思う。思えばたいしたことはやってきてないし、もちろんそれを逃げだと考えることもできる。しかしそのような気持ちは自分のなかに常にあって、そういう面から考えればある意味「自分を持つ」ことができていたのかもしれない。少なくとも、折れずにここまで続けてくることができた。

 

 

後輩に向けて、みたいなことはあまり書きたくないのだけれど、怪我をしたり、なかなか上のカテゴリーに上がれなかったり今後サッカーが辛くなることが何度かあると思う。そういうときに自分の心の拠り所や変わらない信念のようなものを持ち続けられる人は本当に強い。自分の持っていた軸は本当に脆く、正しい物だったのかもさえわからないけど、そういう軸のようなものが「自分を持つ」ことに繋がっていくのだと思う。今回の部活動停止期間を経て、各々自分と向き合って色々なことを考えたはず。その時感じたことや自分というものについて、少しずつでもいいから深めていって欲しい。自分は何も成し遂げられなかったけれど、少しでも何かを部に残して引退を迎えられれば、何の後悔もなくサッカー人生に一区切りをつけることができる。

 

長くてもあと1カ月ぐらいの部活生活だけれども、最後まで楽しく、悔いのないように過ごせるように努力していきます。

 

 

 

最近の出来事

泥酔すると説教するらしいので控えます

札幌が残留してくれれば来年はたくさん遠征できる…

銀座の夜の街をハイエースで流しました

 

 

#11 田中才揮

 

2017年11月1日水曜日

「最後に待つのは」

人生は理不尽で残酷だ。

努力は必ず報われるわけではない。

生まれ持った環境や容姿、身体能力は選べない。

不幸は突然身に降りかかる。

あらゆる理不尽を前にして、人はあまりにも無力だ。

けれど、どう生きるか、自身に選択の余地がある限り、それは自由だ。

理不尽を前にして、どのように立ち振舞うかは、自分次第だ。

そう考えると、結局人生というのは、自分はどう生きたいのか、ただそれだけのことでしかない。

そして、この問いに真剣に向き合い、もがき進んだはるか遠くその先で、これまでの道程を振り返った時に、納得がいくのだと思う。

理不尽だからこそ、他人には歩めない、自分だけの道があったのだと。

そして、全てここに繋がっていたのだと。

そう強く信じている。

 

人生最大の挫折を経験した。

最後まであがき続けたが、力及ばなかった。

悔しくて、苦しくて、申し訳なくて、やりきれなかった。

ひどい虚無感に襲われた。

夜は眠れなくなったし、目と顎は頻繁に痙攣を起こすようになった。

全部投げ出して、どこか遠くに消えてしまいたいと、馬鹿な考えがよぎる瞬間もあった。

生きている実感も湧かないような、そんな空虚な日々の果てに、一つの決断を迫られた。

現役引退か続行か。

 

一度は引退を決意した。

サッカーに取り組む理由も、情熱も失ってしまっていたから。

100%でやれない人間にもうできることは何もないと思った。

けれど、後輩、同期の言葉に段々と気付かされた。

まだやれること、やらなければならないことが残されている中で、自分は楽な方に流されているだけなのではないかと。

最後までやりきったつもりでいながら、自分は理不尽に打ち負かされているだけなのではないかと。

そして、この問いに行き着いた。

「自分はどう生きたいのか」

 

私はア式蹴球部のGMとして、この挫折を先頭に立って乗り越えたい。

代として最後まで戦い抜きたい。

共に戦い続けてくれた仲間と、歓喜の瞬間を共にしたい。

関東のチームと戦う機会を後輩に残し、次に繋げたい。

 

私は一人のサッカー選手として、最後まで成長し続けたい。

ひたむきに、真摯に取り組み続けたい。

高さも速さも強さもないような凡庸な選手でも活躍できると示したい。

 

そして何よりも、私は一人の人間として、最後には必ず立ち上がる人間でありたい。

どんなに弱くて、情けなくて、落ち込んでも、最後は笑って、前を向ける人間でありたい。

 

これが私の答えだった。

仲間の顔を見て、自分のこれまでの人生と向き合って、気づくことのできた純粋な気持ちだった。

そして悩み抜いた末に、同期を巻き込んで、代として現役を続行することを決めた。

 

再開してからの日々はあっという間だった。

関東昇格という夢の続きを後輩に託すための戦いだった。

同期の皆は苦悩することもあったに違いない。

私もそうであったから。自分の心の内に決定的な欠落を認めざるを得なかった。

それでも精一杯取り組んでくれた。本当に感謝してもしきれない。

その姿勢は、必ず後輩の心に何かを刻むことができているはずだ。

 

ただ、それでも、あの決断が正しかったかは分からない。

後輩の代にかぶってまで残るべきだったのか。

同期を巻き込んで良かったのか。

チームを最優先に考えられていたか。

人の人生を変える権利はあったのか。

決断の時に自信があったとは正直言えない。

それでも、その決断の全ての責任を負うと見得を切った。

それは私にしか背負えない、私が背負うべき責任だと思ったから。

東京都トーナメントで勝ち上がり、関東予選への切符をつかむこと。

それは、そんな見得を切った私の最低限の使命であり、せめてもの償いであると思っている。

そして、その先に見る皆の表情が答えになると思う。

 

「全員が幸せなシーズンに」

今シーズンに臨む上で立てた、私の誓いである。

将来、誰もがこの一年を振り返った時に幸せだったと思えるような、そんなチーム作りをすることが目標だった。

残念ながら、現状は理想からは程遠い。

もとより、今シーズンにハッピーエンドなど用意されていなかったのかもしれないし、残るのは虚しさだけなのかもしれない。

だが、私はまだ諦めていない。

必ず実現してみせる。

私の愛するア式蹴球部の仲間誰ひとりにも、この一年を悲しい思いで終わらせて欲しくない。

お世話になった先輩、苦しみながらも残ってくれた同期、背中を押してくれた後輩、皆には笑っていて欲しい。

つじつま合わせだってなんだっていい。

その意地を、想いを、ピッチの上で表現したいと思う。

それが私にできる皆への精一杯の恩返しであると思うから。

そして、どうか今シーズンを終えた時に、皆の抱く想いが少しでも明るいものでありますように。

これが今の私のありったけの想いです。

 

最近の出来事

・2年生は同期。

・セブ島楽しみ。

・LINEのひとこと一生いじらない。

・ブログは最後まで自分のために。

#10 吉田圭吾