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2019年6月24日月曜日

「自己紹介とア式に入った理由(佐々木)」


大二郎くんの質問への回答


学年旅行どこ行きたいですか?
欲を全力で出すならハワイです



自己紹介とア式に入った理由


 この度ア式のマネージャーになりました、商学部1年の佐々木智珠です。出身高校は田園調布雙葉です。

 私は中高6年間剣道部に所属していましたが、大学では剣道は続けるつもりはなく、何か新しいことを始めたいと思っていました。とにかく遊びたかったので、緩めのサークルでちょっと体動かせたらなぁくらいの気持ちでした。サークル紹介の時、大学受験の塾でお世話になった下地さんに挨拶に行こうとア式に行くと、そのままマネージャーの勧誘を受けました。マネージャーは1ミリも考えてはいませんでしたが、えいみさんと下地さんの話を聞くうちに興味が湧きました。家族や友人には100%向いてないと言われましたが、色んな新歓に参加して、ア式のプレーヤーの先輩方の普段の楽しく和やかな雰囲気と練習やサッカーに真剣に向き合う姿、マネージャーの先輩方がチームの勝利と活躍を本気で応援し支える姿に惹かれ、入部を決めました。もともとマネージャーをやるつもりがなかったので不安だらけでしたが、優しい先輩方のご指導のもとで少しずつ仕事を覚えられることが嬉しく、モチベーションが上がっています。もっと要領よく動いて部に貢献できるよう、頑張ります。



最近の出来事


kemioのエッセイ本と吉沢亮の写真集買いました。
同期マネのしほちゃんがいないと生きていけないことを再確認しました。



加藤くんへの質問

ダイエットは順調ですか?


#MGR 佐々木智珠

2017年11月8日水曜日

価値

どのくらいの人が知っているか分からないけど、僕は、処分解除を境にサッカー部を引退するつもりでした。
リーグ戦に出れないこと、処分解除に向けて力を尽くし四年としての責任を僅かながらでも全う出来た満足感、そして、サッカーへのモチベーションがなくなってしまったこと。
活動停止期間中にサッカーから離れて、部活のこと、これからのことなど色んなことを考えているうちに、サッカーに四年間をかけて打ち込むことで何らかの価値が得られるという自分の思いが、盲目的でとても視野の狭いものであったと思うようになりました。
打ち込むものはべつにサッカーである必要はないし、今まで掲げてきた目標もなくなってしまった。
そんな自分が、活動再開後も、全力でサッカーに向き合える自信がありませんでした。

半ば強制的にサッカーを続けることになった後、最も強く感じることは、何て自分の思い通りにならないことが多いのだろう、ということです。
これは、処分期間の様々な出来事を通して感じたことでもあります。
上手くいかないことのほとんどは、自分に帰責すると考えてきましたが、この一年は、そうもいかない場面が本当に多かったです。

こういう状況の中で、自分に帰責しようがしまいが、物事の結果に囚われ続けました。目の前の出来事に一喜一憂し続け、果たして長期的な視野で今の失敗をポジティブに捉えることは出来ませんでした。

ですが、そんな中でも、やるべきことは変わりませんでした。目の前の課題と向き合い、試行錯誤を続ける。それだけです。
自らの力で変えられることはあまり多くありません。変えられない現実を前に自らの姿勢、態度を決めることしか出来ないのかもしれません。

それでは、理不尽な現実に立ち向かう価値はどこにあるのでしょうか。

絶対的に正しい答えは存在しないなか、主観的な基準に基づき、限定された環境に応じて、自らの態度を決定する。

人生をそうした選択の連続だと捉えたとき、選択の対象に価値を見出だすことはとても危ういです。
どういう態度を選択するか、は、自らの主観、与えられた選択肢(環境)によるものであり、ぼくの経験上、このふたつは、実によく変わってしまうからです。ある時期の主観、環境においてベストな選択が常に正しいとは限らず、むしろ過去に囚われることなく、新たな選択を模索するべき時もあるはずです。

絶対的に不変なのは、そうした態度を決定する自由を必ず自分が持っている、ということです。
つまり、現実にどれだけ打ちのめされようが、どんな選択をしようが、最終的に決定したのは他でもない自分です。だから、態度を決定するという行為にこそ価値があるのだと思います。

はなしがややこしくなってしまいましたが、要は、理不尽な現実に立ち向かうことに価値があるのではなく、そのような態度を他でもない自らの意志で選択した行為に価値がある、ということです。

極端なはなし、立ち向かおうが逃げようが、筋を通そうが通さなかろうが構わないと言っているわけで、こういう考え方はあまり格好良いものではありません。

ですが、格好良い正論だけで生きられるほど人は強くないです。
他人に迷惑をかけることは論外ですが、矛盾だらけの自分をそのまま認めてあげること。弱い自分を信じること。
そういう強さも必要なんじゃないか、と思っています。

最近の出来事
ほんまの手のひら返しこわい

#20 佐々木錬

2017年6月24日土曜日

環境

自分への戒めも込めて書きました。

僕たちが一部にいることは当たり前のことではない。去年一部昇格できたのは、去年一年だけの取り組みの成果が出たわけではなく、それまで積み重ねてきたものが去年たまたま結実したっていうことはよく言われるけど、本当にその通りだと思う。僕たちの環境は、一面においては自分たちで掴んだものではあるけど、それだけではなく、むしろ僕たちの先輩が作り上げた土台があったからこそ存在しているのだと思う。

最近、圭吾やけんやが当たり前のことを注意する機会が多いように感じる。無断で練習抜けないようにとか、食事の時間しっかり守りましょうとか。個人的には、プロテイン持ってきてない上級生がちらほらいたのは結構ショックだった。(飲む理由わかんないひとは説明するのでどんどん聞いてください。

何が言いたいかというと、そういうやれば出来る当たり前のことを突き詰めてきたから、ここまで来れた、ということをみんなもう一回考え直してほしいということで、今まで積み重ねてきたはずの部分でできてないこと多くないですか

こういう意識の部分は、個人のなかでかなり差があると思うし、本当に高い意識もって出来ているひともたくさんいるし、もちろん人間だからたまにミスしたりすることはあると思うから一概には言いたくないけど、もっと上手くなるために何かできることないかって泥臭くてもストイックに探し続けるのがこの部活のいいところで強みだと思っているから、そういう探究心みたいなものを持って行動してほしい。

一部にいい意味でも悪い意味でも慣れてきたこの時期に(一年生は一部しか知らないからなかなか難しい面もあると思うけど)、もう一回、なんでこの環境があるのか、そこにふさわしい行動は何なのか、自分にもっと出来ることはないのか、ということを考えてほしいです。


思ったこと
6人は多すぎ


#20 佐々木錬

2017年4月17日月曜日

ほしいもの

就活等で今までの人生を振り返ったり、自分と異なる生き方をしてきた人のはなしを聞いたりするなかで、自分が本当にほしいものは何だろうかと考える。
というか、就活を抜きにして、もともとそういうことをわちゃわちゃ考える人間だと思う。

結果に対する考え、努力に対する考え、高校の頃は自分の中で絶対であった考えも、今では揺らいでいる。

けれども、熱量を持って打ち込み、困難な目標を達成すること、にやはり惹かれる。


勝利と感動。
関東昇格。
そこに向かう部員一人一人の思い。

これからの人生で今くらい純粋な気持ちで一つのことに打ち込む機会があるかどうかはともかく、本当にほしいものをアシキで追求しうると感じる。

ほしいものがわかったら、後は掴むだけです。


最近の出来事
河野は、先輩でも就活のライバルとみなすと蹴落とすので気を付けましょう



#20 佐々木錬

2017年2月18日土曜日

克ち方

 ミロのヴィーナスは手がないから、そこに想像の余地が無限にあって、その不在のおかげで魅力的になっている、みたいな文章を読んだ記憶がある。何かを始めたばっかりで、右も左もよくわからないときは、この先に何があるんだろうってすごいワクワクするんだけど、だんだんと、あ、こんなもんかって勝手に悟って、急速にさめていく。

 僕の人生は結構これの繰り返しで、何かにはまって熱中することはよくあるけど、大体すぐ飽きるし、たまに長続きすることがあっても、どこかのタイミングでさめてしまう。さめてしまったことを続けることはつまらないし、苦しいけれど、そこを我慢している間に、昔に感じていたワクワクがふと蘇ってくることがある。

サッカーはまさにそうで、あきたりはまったりを繰り返してここまできている。宗とかは、ほんとにそういう波がなくて、どうしたらそういうのなくせるだろうか、って考えてた時期もあって、色々工夫したけど、朝早起きするの嫌だなって思ったり、走り嫌だなって思う日だけじゃなくて、シンプルに練習嫌だなって日さえ、結局来る。

 だから、僕にとって、飽きている(楽しさを感じられない)ときにどれだけ自分に抗えるか、というのは昔からのテーマだった。そういうときに、きつい努力をすることで変化(進化)するって考えは、自分へのコンプレックスが強い僕にとって、ぴたっとくるものだった。

 その一方で、二年生くらいのころから、だんだんとこの考えの限界みたいなものを感じるようになってきた。楽しくもない練習をしても何も上手くならないし、プレーは消極的になるし、サッカーするのが怖くなっていく。だから飽きてる弱い自分を認めることが、自分に打ち勝つってことなんじゃないか、って考えるときもあった。

 それでも、弱い自分を認めるってことは、今までの自分の価値観とか積み上げてきたものを壊すみたいで、特に、他のものと違って、サッカーならつらくても我慢できるのは、サッカーが好きだからって潜在的に考えていた僕にとっては、それを否定するみたいで、どうしてもできなかった。

 「克」という、今年のスローガンを掲げるときに、果たして自分はこのスローガンに見合う人間になる覚悟があるのか、何度も考えたけど、正直自分のスタンスに自信がもてないまま今に至っている。

 自分の内面を言語化することはとてつもなく難しくて、僕が考えたり感じたりしてきたことは、もっと複雑でカオスで、あんまりうまくここに書けた自信はないんだけど、とにかく、弱い自分にどうやって克つのか、残り少ない時間のなかで、その克ち方を見極めて、スローガンを体現する姿を見せたいです。

最近の出来事
難波でタクシー使って秒で優勝しました

#20 佐々木錬

2017年1月6日金曜日

勝て



結果かプロセスか、という議論はよく目にする。

大口さんは、最近、バランスというニュアンスの言葉をよく使う。チームとして結果が出ている今、その結果に慢心せず、しかし、下手に焦ることもなく、今まで大切にしてきたプロセスを、ぶらすことなく淡々と積み上げていこう、という意味だと解釈している。

もちろん、この言葉に間違いはないと思う。
でも、少なくとも、僕に関していえば、これは当てはまらない。
僕自身、大学に入ってから全く結果が出せていない。リーグ戦は一回も出たことないし、ベンチにすら入れない日が続いてる。
同じカテゴリーでプレーしていた人たちが、デビューしたり、活躍したりする姿を見て、焦りや嫉妬しかない。

もちろん、チームの為を思う気持ちも必要だけど、自分の出てない試合なんて、って思うエゴイズムも必要だと思う。多分これもバランスが大切で、二つの気持ちを上手く切り替えていかないといけない。

翻って、僕の現状には、圧倒的に、結果が足りない。一対一や競り合い、という一つのプレーでの勝利であったり、自分のでてる試合での勝利であったり、とにかく、自分の力で結果を得ることが、自分のサイクルを好転させることに繋がっていくはず。

なので、これからは、勝つ、ということに今まで以上に拘りを持っていきます。

最近の出来事
忘れ物の程度がひどくなってる
人が困っているときにこそ、人間性がでる

イメージ

例えば、自分より足のはやい相手にスピードで抜かれたり、自分より背の高い相手に競り合いでまけたりするのは、当然のことのように思える。でも、もしかしたら、アプローチでもっと寄せてたらボール奪えたかもしれないし、ジャンプのタイミングをはやくしてたら先にボールにさわれたかもしれない。サッカーの上手さは、単純な身体能力とか技術だけでなく、もっと複雑に色んな要素が絡み合って決まる。
そうは言っても練習や試合をしていて、多々こいつには勝てないなと思うことがある。スピード、高さ、サッカーのセンス、根本的なところで、自分にはないものをもってる人に、本気で勝てるとどうしても思えない。正直、この部活に所属してる多くの人がそうした気持ちを抱くことがよくあると思う。レベルの差は顕著だし、自分は自分のベストを尽くせば負けてもいいやっていう開き直り。
そんなことを考える一方で、自分を信じたい気持ちもある。他の人より、真摯にサッカーに向き合っている自信がある。日々の練習、筋トレ、食事とかが、いつか自分をすごいところに連れていってくれるんじゃないかって期待してる。
とにかく、自分の基準をどこまで高められるかが勝負だと思う。自分の可能性をどれだけ強く信じられるか。上手くなる鍵は絶対にそこにある。
どんな状況でも、可能性を信じることは、不可能じゃない。今はbにいる自分が、もっと上手くなって、トップに上がる、リーグ戦に出る、チームを一部へ導く。考えただけで、わくわくしてくる。
根っこの思いが強いから努力できるのか、努力した分だけ根っこの思いが強くなるのか、どっちか良く分かんないけど、勝ちたいって気持ちとかサッカーを楽しみたいって気持ちとか積み上げてきた努力とか今までの挫折とか葛藤とか色んなものが、ぐちゃぐちゃに混ざりあって、自分が考えていた限界を突き破る。そんなイメージで日々を過ごしてます。

最近の出来事
パチンカスになったという噂はデマなので信じないでください

正直

最近様々な面で、正直であることが大切だなと感じています。ひとつには、自分のミスとか欠点に対して正直であることです。例えば右足が下手とかうまく前をむけないとか、そういうことを改善するには、リスクを犯して、右足を使ったりターンをしたりして、何度も失敗しながらうまくなっていくしかありません。でも、こういった欠点は、右足を無理に使ったり、ターンを無理にして、ボールを取られるのが怖くて、今までチャレンジしてこなかったから、生じる欠点です。だから、それを本当に改善するには、これらに正直に向き合うことが大切です。
これはもう何人もの人が何回も言ったり書いたりしていることですが、自分の気持ちに対して正直であることです。やっぱり純粋な気持ちを忘れないことが大切です。思い通りのプレーが出来ると嬉しいし、一対一で負けると悔しい。こういう気持ちに正直に向き合っていけば、自ずと、もっと上手くなりたい、と思えるはずです。
また、他人に対して正直であることも大切だと思います。幸いにして今の四年生は、部員同士が正直であれるような環境を作ろうとしてくれています。もっと周りに要求しあって高い環境をつくっていけば、1部昇格にふさわしいチームになれると思います。


最近全く身に覚えがないんだけどいろんな人からの当たりが強くなった気がする