2019年6月24日月曜日
「自己紹介とア式に入った理由(佐々木)」
2017年11月8日水曜日
価値
どのくらいの人が知っているか分からないけど、僕は、処分解除を境にサッカー部を引退するつもりでした。
リーグ戦に出れないこと、処分解除に向けて力を尽くし四年としての責任を僅かながらでも全う出来た満足感、そして、サッカーへのモチベーションがなくなってしまったこと。
活動停止期間中にサッカーから離れて、部活のこと、これからのことなど色んなことを考えているうちに、サッカーに四年間をかけて打ち込むことで何らかの価値が得られるという自分の思いが、盲目的でとても視野の狭いものであったと思うようになりました。
打ち込むものはべつにサッカーである必要はないし、今まで掲げてきた目標もなくなってしまった。
そんな自分が、活動再開後も、全力でサッカーに向き合える自信がありませんでした。
半ば強制的にサッカーを続けることになった後、最も強く感じることは、何て自分の思い通りにならないことが多いのだろう、ということです。
これは、処分期間の様々な出来事を通して感じたことでもあります。
上手くいかないことのほとんどは、自分に帰責すると考えてきましたが、この一年は、そうもいかない場面が本当に多かったです。
こういう状況の中で、自分に帰責しようがしまいが、物事の結果に囚われ続けました。目の前の出来事に一喜一憂し続け、果たして長期的な視野で今の失敗をポジティブに捉えることは出来ませんでした。
ですが、そんな中でも、やるべきことは変わりませんでした。目の前の課題と向き合い、試行錯誤を続ける。それだけです。
自らの力で変えられることはあまり多くありません。変えられない現実を前に自らの姿勢、態度を決めることしか出来ないのかもしれません。
それでは、理不尽な現実に立ち向かう価値はどこにあるのでしょうか。
絶対的に正しい答えは存在しないなか、主観的な基準に基づき、限定された環境に応じて、自らの態度を決定する。
人生をそうした選択の連続だと捉えたとき、選択の対象に価値を見出だすことはとても危ういです。
どういう態度を選択するか、は、自らの主観、与えられた選択肢(環境)によるものであり、ぼくの経験上、このふたつは、実によく変わってしまうからです。ある時期の主観、環境においてベストな選択が常に正しいとは限らず、むしろ過去に囚われることなく、新たな選択を模索するべき時もあるはずです。
絶対的に不変なのは、そうした態度を決定する自由を必ず自分が持っている、ということです。
つまり、現実にどれだけ打ちのめされようが、どんな選択をしようが、最終的に決定したのは他でもない自分です。だから、態度を決定するという行為にこそ価値があるのだと思います。
はなしがややこしくなってしまいましたが、要は、理不尽な現実に立ち向かうことに価値があるのではなく、そのような態度を他でもない自らの意志で選択した行為に価値がある、ということです。
極端なはなし、立ち向かおうが逃げようが、筋を通そうが通さなかろうが構わないと言っているわけで、こういう考え方はあまり格好良いものではありません。
ですが、格好良い正論だけで生きられるほど人は強くないです。
他人に迷惑をかけることは論外ですが、矛盾だらけの自分をそのまま認めてあげること。弱い自分を信じること。
そういう強さも必要なんじゃないか、と思っています。
最近の出来事
ほんまの手のひら返しこわい
#20 佐々木錬
2017年6月24日土曜日
環境
2017年4月17日月曜日
ほしいもの
というか、就活を抜きにして、
結果に対する考え、努力に対する考え、高校の頃は自分の中で絶対
けれども、熱量を持って打ち込み、困難な目標を達成すること、に
勝利と感動。
関東昇格。
そこに向かう部員一人一人の思い。
これからの人生で今くらい純粋な気持ちで一つのことに打ち込む機
ほしいものがわかったら、後は掴むだけです。
最近の出来事
河野は、
#20 佐々木錬
2017年2月18日土曜日
克ち方
2017年1月6日金曜日
勝て
大口さんは、最近、バランスというニュアンスの言葉をよく使う。チームとして結果が出ている今、その結果に慢心せず、しかし、下手に焦ることもなく、今まで大切にしてきたプロセスを、ぶらすことなく淡々と積み上げていこう、という意味だと解釈している。
もちろん、この言葉に間違いはないと思う。
でも、少なくとも、僕に関していえば、これは当てはまらない。
僕自身、大学に入ってから全く結果が出せていない。リーグ戦は一回も出たことないし、ベンチにすら入れない日が続いてる。
同じカテゴリーでプレーしていた人たちが、デビューしたり、活躍したりする姿を見て、焦りや嫉妬しかない。
もちろん、チームの為を思う気持ちも必要だけど、自分の出てない試合なんて、って思うエゴイズムも必要だと思う。多分これもバランスが大切で、二つの気持ちを上手く切り替えていかないといけない。
翻って、僕の現状には、圧倒的に、結果が足りない。一対一や競り合い、という一つのプレーでの勝利であったり、自分のでてる試合での勝利であったり、とにかく、自分の力で結果を得ることが、自分のサイクルを好転させることに繋がっていくはず。
なので、これからは、勝つ、ということに今まで以上に拘りを持っていきます。
最近の出来事
忘れ物の程度がひどくなってる
人が困っているときにこそ、人間性がでる
イメージ
そうは言っても練習や試合をしていて、多々こいつには勝てないなと思うことがある。スピード、高さ、サッカーのセンス、根本的なところで、自分にはないものをもってる人に、本気で勝てるとどうしても思えない。正直、この部活に所属してる多くの人がそうした気持ちを抱くことがよくあると思う。レベルの差は顕著だし、自分は自分のベストを尽くせば負けてもいいやっていう開き直り。
そんなことを考える一方で、自分を信じたい気持ちもある。他の人より、真摯にサッカーに向き合っている自信がある。日々の練習、筋トレ、食事とかが、いつか自分をすごいところに連れていってくれるんじゃないかって期待してる。
とにかく、自分の基準をどこまで高められるかが勝負だと思う。自分の可能性をどれだけ強く信じられるか。上手くなる鍵は絶対にそこにある。
どんな状況でも、可能性を信じることは、不可能じゃない。今はbにいる自分が、もっと上手くなって、トップに上がる、リーグ戦に出る、チームを一部へ導く。考えただけで、わくわくしてくる。
根っこの思いが強いから努力できるのか、努力した分だけ根っこの思いが強くなるのか、どっちか良く分かんないけど、勝ちたいって気持ちとかサッカーを楽しみたいって気持ちとか積み上げてきた努力とか今までの挫折とか葛藤とか色んなものが、ぐちゃぐちゃに混ざりあって、自分が考えていた限界を突き破る。そんなイメージで日々を過ごしてます。
パチンカスになったという噂はデマなので信じないでください
正直
これはもう何人もの人が何回も言ったり書いたりしていることですが、自分の気持ちに対して正直であることです。やっぱり純粋な気持ちを忘れないことが大切です。思い通りのプレーが出来ると嬉しいし、一対一で負けると悔しい。こういう気持ちに正直に向き合っていけば、自ずと、もっと上手くなりたい、と思えるはずです。
また、他人に対して正直であることも大切だと思います。幸いにして今の四年生は、部員同士が正直であれるような環境を作ろうとしてくれています。もっと周りに要求しあって高い環境をつくっていけば、1部昇格にふさわしいチームになれると思います。
最近全く身に覚えがないんだけどいろんな人からの当たりが強くなった気がする