2020年12月19日土曜日

「引退ブログ」

 1.質問の回答


はっちー。俺らもう5年も一緒にいるのか。

理由は煩悩の数だけありますが、例えば、

①自分に無いものを求めるのは本能なのではないでしょうか。

②こんな美味しいキャラをもらえて幸せです。

これで勘弁してください。


2.「引退ブログ」


どこか勝手に引退というものに希望をいだきすぎていたのかもしれない。4年間やり遂げる事で強烈な達成感や満足感を味わえるものだと信じていた。そして次のステップへ進むための勇気をくれるものだと信じていた。ただそんなに甘くはないわけで。思えば引退なんてものは自分で勝手に決めた区切りに過ぎないわけで。以前より少し彩りを失った日常が続くだけだったりするもので。


分かった事がある。

人は1日では変わらないし、何か1つの出来事で世界が変わる事もない。

自分は何も変わっちゃいない。



この4年間は本当に満たされたものだった。

いい時も悪い時も全て含めて満たされたものだった。

それは沢山の種類の、方向の、色の感情を経験する事ができたから。

そしてその全ての感情が、みんなと一緒にいることで1人では到底感じる事が出来ないほど大きく、強いものになっていたから。


ふと考える。感情っていくつあるんだろうかと。きっと数え切れないほどあるんだろうな。自分の4年間はどんな感情が組み合わさってできているのだろう。


このブログは誰に向けたものでもない。

隠しておきたいほどの恥ずかしさや普段は言えないような感謝の気持ちも書いているうちに溢れてしまった。

別に誰かに届いてほしいとかそんなんじゃなくて。

なんでこんなことを書くのかって。悲しいかな、覚えとく自信がないからさ。


今目の前には筆箱がある。その中には赤のシャーペン、黒の消しゴム、オレンジと水色の蛍光ペンが入っている。4年間の全てを忘れずにとっておくのは無理だけど、せめてこの筆箱に収まるくらいの思い出は残しておこう。



赤い思い出は強烈なものだ。例えばリーグ戦のように。初めてリーグ戦に出た時の高揚感を忘れる事ができようか。試合前の緊張感を。勝った時の幸福感を。身体は疲れているのに心が満たされるあの感覚を。そして思い出すだけで鳥肌が立つ、気迫のこもった応援の声を。


話は変わらないようで変わるけど、引退試合でもし自分が少し涙を流したとしたらそれは応援のせいだ。みんなの声で色んな思いが巡ってしまった。決して泣いてはいないけど。


なるべく多くのみんなにこの舞台を味わってほしい。リーグ戦の全ての瞬間は、4年間をかけるだけの価値があるからそのためだけに頑張ってほしい。とかいいつつ自分ももっとあの場にいたかった。

自分に勇気と感動を与えてくれたこの経験に感謝をしたい。



黒は深い後悔の色だ。忘れられない試合は沢山ある。昨年の成蹊戦とか、都トーナメントとか。だけど1番心に残っているのは今年の亜細亜との試合。恥ずかしいほどに何もできなかった。自分にとってもチームにとっても大切な一戦で本当に何もできなかった。実はあの試合のビデオは未だに見る事ができていない。それくらいショックな試合だった。自分に失望した。チームのみんなに申し訳なかった。全て終わったと思ってしまった。でも今ふりかえれば分かる。ただ実力が足りなかっただけ。努力が足りなかっただけ。そしてそれを受け入れる事が出来なかっただけ。自分が最も後悔しているのは、その試合の後の振る舞いだ。残念ながら引退の日までに自分を変えて結果を残す事はできなかった。ただ、サッカーを引退しただけであって人生は続く。弱く情けない自分を受け入れる事からまた始めよう。

この事に気付けただけでも長くサッカーを続けてきた意味があるのかもしれない。

スタートラインにたたせてくれたこの経験に感謝したい。

いや、気付かせてくれた方への感謝を込めてここはありがとうございますとしておこう。



オレンジ

オレンジの感情は優しく暖かい。これまで長い間支えてくれた家族には感謝しかない。どんなに朝早くても玄関でお見送りしてくれてありがとう。いつも美味しいご飯をつくって待っていてくれてありがとう。遠くの会場まで試合を見に来てくれてありがとう。活躍している姿を見せる事が出来なくてごめん。だけど、少なくとも必死になって頑張る姿を見せる事はできたと思う。

同期のみんなもありがとう。楽しかったな。これからも楽しいだろうね。後輩のみんな、仲良くしてくれてありがとう。先輩方ありがとうございます。特にFC南武線のみなさんお世話になりました。またゆけむりで会いましょう。

当たり前すぎて気がつかないような暖かな日常に感謝したい。



水色

水色は自由な色だ。自分はア式の自由なところが好きだ。誰もが自分の意思でこの組織に所属する事を決め、自分の意思で毎日必死に活動するこの組織が好きだ。自分の意思で練習前に早く来てボールを蹴ったり、練習後に残ってウエイトをする仲間がいるこの組織が好きだ。自分はこれまで自由であるために頑張ってきたし、これからも頑張るだろう。サッカーとは自分にとって自由を表現するものだったのかもしれない。少なくとも自分が魅了されたサッカーはとても自由なものにみえた。

自分の人生に強いて一つだけルールを設けるとしたら、それは自由じゃなきゃいけないってルールだ。


最後の一文は竹原ピストルの歌の歌詞。上手く締められなかったこのブロックをまとめてくれた竹原ピストルの歌詞力に感謝したい。



最後に。

これまでサッカーを辞めると言い出そうとした事は何度もある。でもそのたびにそれを遮るようなタイミングで何かが真横を走り抜けて。それに何らかのメッセージを勝手に感じて、黙って歩き続けてきた。ただそれだけのことなんだけど、


サッカーを続けてきて本当によかった。

ア式と出会えて本当によかった。

これだけの感情と思い出と経験を持ってる俺らは多分強い。


気づいた事がある。

俺4年間で変わったな。いや。変わったね。



3.最近の出来事

•ブログの文字の色が赤だからややこしいよなとか思いつつ。


•金沢にカニを食べに行く旅でカニアレルギー発症。死ぬほど辛かった。けどめちゃうまかった。ちなみにハプナで食べた時は発症はしなかったけどめちゃうまくもなかった。


•今日も今日とて日吉で勉強。信じられる?俺まだ毎日高山と昼飯たべてるんだぜ。


4. あめちゃんへの質問


サッカー中にしかでないと言われているあの「わっちょま」が引退してから一度だけ出たそうですね。それはいつどんな状況の時ですか?


#26 松田悠太郎

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