「学生主体」とは何か。
新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
3年GMで商学部の七條です。
新型コロナウイルスによる騒動が収まらず、部としても先行きが不透明な状態ですが、今回は、一橋大学ア式蹴球部の最大の特徴とも言える「学生主体」とは何かについて、また私が思うア式が目指すべき理想の組織像について書かせていただきます。
新入生の皆さんにとって入部のきっかけの一つになればいいです。また新入生だけでなく現役の2.3.4年生、またOBの方たちにも読んでいただき、是非、内容について議論したいです。よろしくお願いします。
「学生主体」
一橋大学ア式蹴球部の特徴について聞かれたら誰もが思い浮かべる言葉でしょう。そしてこれは来年100周年を迎える部の長い歴史の中でも大切にされてきた文化で、現役の部員も強く意識するものだと思います。それでは、この「学生主体」という言葉が意味するものは何か。私たちは組織として、また個人として何を大切にし、何を目指し、何を守っていくべきなのか。そんなことを考えていきたいです。
まず、組織体系としてア式にはGM(グラウンドマネージャー)とキャプテンが各代に一人づつ置かれ、最上級生のGMとキャプテンが最終的な意思決定をするという形を取っています。これはサッカー面においてもそれ以外においてもそうです。この先もおそらくこの体制が変わることはないでしょう。戸田さんという最高に頼もしい存在があっても、常に自分たちが求めて、自分たちが決定をする。意思決定の主体が学生であるというこのスタンスは続いていくだろうと思います。
しかし、私がこのブログで伝えたいこと。「学生主体」を掲げる私たちが組織として、個人として何を目指し、何を大切にしていくべきなのかはこれとは少し異なります。
私が大切にしたいこと、求めたいことは、部員である学生一人一人が主体性を持って動けることです。全員がGMに対しても、キャプテンに対しても、指導者に対しても、年齢や立場に関係なく平等に、自分の頭で考えて正しいと思うことを主体性を持って行動できること。GM・キャプテンに任せきりになるのではなく、対等に意見をかわし、弁証法的により良い答えを求める姿勢。その上で集団として協調性が高いこと、同じ方向を向けること。それができる組織の風土です。
自分の頭で考えて主体的に行動するには、自分の中に軸となる論理や信念を持つこと、達成したい目標やビジョンを持つこと、それから自分の持つ熱量に自信を持つことが不可欠です。論理や信念、目標といった軸を持つからこそ問題意識を抱くことができるし、自分の熱量に自信を持てるからこそ行動できると思います。
例えば、今の流れとして最高学年だけでその年のスローガンを決めるというものがあります。部員は最高学年になって初めて主体的に部全体のことを考え始めるということが少なからずあるでしょう。そうではなく、本来は日頃から全員がア式の現在と将来について考え、あるべき姿を議論するべきです。そうすることで、毎年議論を積み重ねていくこともできます、満を辞して最高学年になった時にはより高い次元で話ができるでしょう。全体として、目指すべきビジョンのブレを少なくすることもできるはずです。
口で言うだけなら簡単ですが、組織の全員が主体性を持って行動でき、なおかつ協調もできるというのはとても難しいことだと思います。これを50-70人単位でできている組織など、社会でもほとんどないでしょう。部員一人一人が場面に応じて、自分からリーダーになったりフォロワーになったりを決断することが求められます。他人を巻き込む力と支える力の両方が必要になるでしょう。ただ、私たちにはこれができる素質があると思います。「いい結果はいい関係性から」という考え方が浸透しているし、組織としての風通しの良さもある。学年問わず話し合え、他人の意見を受け付けないような人もいない。何より論理や信念をもとに自分の頭で考え、決断することができる人の集まりだと思っています。
「サッカーを通じて人を育て、社会に主体性のある人材を輩出する」実現できればそれは一橋大学ア式蹴球部ができるサッカー面以外の社会貢献となりうるでしょう。長年、学生主体を大切にしてきた我々が定めるべきビジョンではないか。私はそんな風に考えています。皆でもう一段階レベルアップして、全員の共通意識としてこの意味での「学生主体」に誇りを持つことができれば見える景色も変わるのではないでしょうか。主体的に行動したかどうかが評価軸の一つになってもいいかもしれませんね。
長くなりましたが、こんなところです。再開まで時間はありますが、こんな今だからこそできることを積み重ねていきましょう。
また、サッカーが好きでこんなア式を少しでもいいなと思った新入生は活動が再開すれば是非一度練習に来てみてください。履修相談にも乗っているので、連絡もお待ちしています。
最近の出来事
・ここに来て図らずともドスさんと同じ意見を持つことになった。
・アーケイ強すぎ。
・TMJの往生際の悪さ。
#21 七條拓
2020年4月3日金曜日
2020年3月30日月曜日
「覚悟」
1.八田の質問への回答
実家に戻った感想を教えてください。
→何もしなくても料理が出てくるって最高です。
2.覚悟
「自分が出ても何もできない。」
これは去年のリーグ戦を見てた率直な感想。
それまで2年間リーグ戦でベンチ入りしたことはない。新人戦もアミノも怪我人がいなければスタメン出場していない。それでも、どちらも出させてもらったことで、自分の中でリーグ戦というものを身近に感じていた。
そんな中、アミノ後すぐに怪我で離脱。リーグ開幕に間に合わないのは確実だった。怪我したのは残念だったけど、心のどこかでホッとした自分がいたのも事実。もちろんリーグ戦に出たかったし、応援の中プレーする喜びをもう一度味わいたかった。でも、心の中では自分のミスのせいで負ける怖さの方が優っていた気がする。自分がその舞台で活躍するには実力不足だってことはわかってたけど、自分に足りなかったのは実力以上に「覚悟」だと思った。
チームを勝利に導く「覚悟」
チームを背負う「覚悟」
一部昇格を目指す「覚悟」
全てが足りなかった。
それまで自分のことだけ考えてプレーしてきたし、チームのことを考える機会もそこまでなかった。でも、他の人は違った。みんな勝利のために、チームのために、一部昇格のために、覚悟を持ってプレーしていた。一緒にプレーしててその差を感じた。離脱後、外からリーグ戦を見ていてその差が広がったと感じたからこそ、
「自分が出ても何もできない。こんな状態じゃ出れるわけない。」
と思った。
新人戦期に北西も円陣で覚悟について話していた。試合に出るメンバーだけじゃなくみんなが覚悟を持たなきゃいけない、みたいなことを。
試合に出るメンバーと同じだけの覚悟を持つ人が増えれば、それだけ勝利に、一部昇格に繋がるはず。
要は、今Bチームの人に懸かってると思う。ここから何人が今年のリーグ戦に出ることができるか。自分も含めて頑張らないといけない。綺麗事かもしれないけど、たとえリーグ戦に出れなかったとしても、その努力がチーム全体のレベルアップに繋がるはず。
1年前と比べて、今の自分に覚悟はあるか。そのつもりだけど、そうじゃないかもしれない。そもそもチームを背負う覚悟なんて簡単に持てるものじゃないし、試合に出続けることで身につくものかもしれない。でも、持とうとしなきゃ無理だと思う。
今の自分の目標はチームに貢献すること。プレーヤーとして、広報ユニット長として、4年生として。
この目標達成に向けて、あと7ヶ月、全力で頑張ります。
3.最近の出来事
・やっとES書くの慣れてきた
・Fラン飯開催しましょう
#14 達康大
2020年3月27日金曜日
「昔話とこれから」
1. 江口の質問への回答
少し、頭が良くなりました。
2.「昔話とこれから」
結構前に書いた文章です。長いですが、暇な人は読んでみてください。
国公立戦決勝、負けた後、あいさつに来た先輩たちの顔は今までに見たことが無いくらい悔しそうだった。本気の悔しさが伝わってきた。それを見ていた僕は、そこまで悔しくなかった。そのことに、また絶望した。思えば、今まで過ごしてきた大学三年間だけでなくサッカーを部活でやってきた中高六年間、本気で悔しかったことはないかもしれない。高校最後の選手権史上初の県トーナメント一回戦突破という小さいけど僕たちにとっては大きな快挙を前に0-1という敗戦をした時でさえも、周りで泣いているチームメイトの隣で一人、涙が一滴も流れない自分がいた。なんでなんだろう。情熱が足りないのか。そんな冷め切った自分を見つめなおし、絶望する。そんなことを繰り返してきた。お世話になった先輩にとって最後の公式戦になるかもしれないのに、本当に自分はどうしようもない。
最後に試合で本気の悔しさを味わった日を思い返してみた。多分小学六年の時の最後の大会。0-1で負けたその試合は、相手チームの人全員が友達という紅白戦みたいなものだったが、なぜか試合の流れ、失点シーンなどを未だに思い出すことができる。試合終了の笛が鳴った時、無意識にピッチに倒れて、号泣していた。近くで多くの人が見ていて、しかも両親もいたのに。理由は、昔は涙腺が緩かったとか色々あるだろうけど、たぶんどれだけサッカーに時間を費やせていたかだと思う。小学生のころ、僕にとってサッカーはすべてだった。学校ではサッカーのプレーの話をして、昼休みはサッカーをみんなでする。家に帰ったら、ゲームをすることもあったけど大体は団地の人と夜までサッカーをしてた。リフティングができないと馬鹿にされるから、一人で人目を気にせずコンクリートの上で回数を伸ばしていた。サッカーが下手だったから、チーム選びじゃんけんで最後まで残って悔しい思いもしたし、サッカーのプレーでコーチから褒められてうれしい思いもした。僕の感情はほとんどがサッカーで決まっていた。そこまでサッカーへの思いが強くてかかわりが深かったから、本気の悔しさを持てたのかもしれない。
じゃあそのあとから今までの僕はどうか。中学の時は小学生の時たくさんボールを触った甲斐あってか、一目を置かれる存在になり天狗になり、自主練をしなくなった。ボレーの基礎練中も話しながら。監督に怒られることはあったけど、それでも試合に出されていたから、そんな自分をかっこいいとすら思っていた。続く高校時代、多くの人が「どうせプロになれない」という理由でサッカーをやめていったけど、自信があった僕はつづけた。熱くなり練習をするときもあれば、冷める時もある。受験勉強を理由に中途半端な練習をする。気づいたら僕の高校サッカーは終わっていた。
そんな六年間をおくって、それでも自分のサッカーへのいい加減さに気づかず、サッカーがしたいから筑波大学を受け、一浪して、今度は一浪の心配から試合に出られそうな一橋を受けて運良く合格して結局今まで三年間一度もリーグ戦にからめることはなかった。そしてサッカーへの感情を失った。サッカーをやめたほうがいいんじゃないかとも考えた。でもどうしてもやめることは出来そうにない。サッカーが好きだからとかそういう理由ではないと思う。もう長いことサッカーをしすぎてそういうことを考えなくなった。多分もう一度、小学生の時のような感情の強烈な高ぶりを感じたい。あと、目を閉じて想像しかできないけど、大きな歓声の中でプレーしたい。それだけだと思う。そのためには、単純だけどサッカーとどれだけ多くかかわれるか、サッカーにどれだけ懸けることができるかそれ以外にないと思う。余ってる時間にくだらない動画など見て時間をつぶしてる暇があるならサッカーのことを考える。家でダラダラ、スマホをいじっている暇があるならボールを触るか、体を鍛える。合コンは楽しいけど、そんなのやってる時間はないかもしれない。ほかの時間をすべて削ってでもサッカーに費やさないと、僕の求めているものは何年かかっても手に入らないと思う。残りの大学生活でそれを達成できるかわからない。でも僕のサッカー人生はあきらめない限り続けることができるし、いつか達成したい。いつもへらへらしてる僕がこんなことを言っても誰も信じないし、僕も他の人なら信じないし不快感を覚える。でも確かなのは、リーグ戦に出てない人が本気でリーグ戦に出てる人に勝つためには、出てる人より熱くプレーするのは当たり前で、その人たちより倍以上の自主練をする以外に方法がないことだと思う。今の自分を変えるのはとても困難だけど挑戦したい。
選手の成長は、その人自身にかかっていることを肝に銘じて、サッカーに取り組みます。
3.最近の出来事
・もう就活つかれた。
・佐川と具へ…そろそろ五反田に行きませんか。
・誰か僕をFCに入れてください。ディズニーなくなって終わりました。
4.達への質問
実家暮らしに戻った感想を教えてください。
#18 八田健吾
2020年3月26日木曜日
「心頭滅却すれば、火もまた涼し」
1.林の質問への回答
江口尊敬飯に来そうな後輩3人を教えて下さい。
→高校の後輩として、由都には尊敬の念を持っていてほしいです。後の二人は悲しいことに思い浮かばないので、「我こそは!」という人がいたらそっと伝えて下さい。かなり喜びます。
2.「心頭滅却すれば、火もまた涼し」
とうとう最高学年になり、ア式人生の集大成となるシーズンが幕を開けようとした矢先のこと。
新型肺炎の影響で、活動を自粛しなければならない状況に追い込まれた。
ア式から離れれば離れる程、ア式が自分の中でどれだけ大きな存在かということに気づかされる。
朝早くに集まって練習することも、練習後に他愛もない会話をすることも、当たり前ではないということを再確認した。
こういうことがあると、よく拓実が言っている「一回、一回の練習を大切に」という言葉が身に染みる。
そんな、自分の力ではどうしようもない状況に追い込まれて、日々もどかしさを抱えて生活している。みんなもそうだと思う。
そんな生活を送る中で、ふと思い出したのがタイトルにある言葉。
「心頭滅却すれば、火もまた涼し」
どんな困難な状況に陥ったとしても、心の持ちよう次第でしのぐことができる、という意味だ。
今の自分に、そしてア式にピッタリの言葉だと思った。
どうにもならない状況にただ、苛立ちや不満をぶつけるだけでは、状況は好転しない。
もどかしさを感じつつも、自分がチームに対して今できることは何か。自分が、チームが成長するためには何をすべきなのか。を考え続ける必要がある。
一人一人がこの部活を動かしている、ア式蹴球部を動かすのに不可欠な歯車である、という意識を持つ。
圭吾さんが言っていた「リーダーシップの総量を増やす」っていうのは、こんな考え方ができる人を増やすってことだと勝手に解釈している。
こういう厳しい時期に、人としての真価、チームの真価が現れると思う。
ア式蹴球部は、この状況を打開できるのか、逆境を跳ね返せるのか。
それは、全て個人の取り組みにかかっている。
みんなで、ア式蹴球部員としてのプライドを燃やし続けましょう。
そして、一回り成長した組織となって、「一部昇格」を成し遂げましょう。
3.最近の出来事
・FCグルメ、俺もやりたい。
・King Gnuの井口の喉が欲しい。
・4月クールのドラマが面白そう。
4.八田への質問
活動停止中に成長したことを教えて下さい。
#8 江口雄介
2020年3月23日月曜日
「変えていきましょう!」
1.松田の質問への回答
@gs.comからメールがきたのですが、何のメアドか教えてください。
→ゴイゴイスーだからダイアンの津田だと思います。
2.「変えていきましょう!」
一月からミーティングを重ねてきて思ったことを書きます。
皆さんも知っている通り、週に一回ぐらい関西遠征の前くらいまで3年はミーティングをしてました。議題は最高学年になって変えたこととか、一部昇格に対して自分はどう貢献するかみたいな話です。何回か話す相手を変えて思ったことは、まじで自分何も考えてなかったってことです。最高学年の振る舞いというか思考じゃなかったということです。さすがに自分でもびっくりするくらいでした。ミーティングで一緒になった人には言ったけど、正直言ってこれといった学年が変わってから意識して変えたことはないし、完全に意識は内向きでした。自分がこうしたいとかは考えてたけど、チームのことは全く考えてませんでした。みんなの話聞いて、すげ~って思ってました。最近になって右さんたちの代の凄さを改めて思い知らされたます。一年生を上手く巻き込んでチーム一丸となって目標に向かえてた気がするし、実際自分もその雰囲気みたいなものに引っ張ってもらえた気がします。一年生をどうやって巻き込んでいくかみたいな話もしました。一年生には主張してほしいみたいな意見もミーティングで出たけど、去年みたいに最高学年が下の代を引っ張り上げながら取り組めているかっていうとそうでもないなとも感じます。高校の時はチームとして一つの方向を見てやれているという実感みたいなことを感じてたので、今少しでも疑問に感じてるということはそういうことなんでしょう。確か高山さんのブログに三年生について、一人一人のサッカーに対する姿勢は感じられるけど最高学年として違った姿勢が求められるということが書かれてたました。チーム目線ていうかチームのことを考えることは僕らの学年はあんまり意識して来なかった人が多いんじゃないかって思います。多分一個上がそういうところが上手いからずっと頼ってばっかでした今こそ姿勢を変える正にそのときな気がします。
ミーティングを経て各々感じたことがみんなあったはずだから、最後の一年どんどん行動に移していきましょう!ぼくは去年の四年生みたいな雰囲気作りは大事だと思ってやっていきます!
3.最近の出来事
ワニ死んだ。切ない。
畠はメルカリで絡んでくるぐらい絶対ひま。
おもしろイベントください。
4.江口への質問
江口尊敬飯に来そうな後輩3人を教えてください。
#57 林遼太郎
2020年3月21日土曜日
「大事な時に俺は何もできない」
1.みょーにいの質問への回答
自分のことを好きになってくれる人がいたらそれだけで十分です。
2.「大事な時に俺は何もできない」
2020年初日、日本に帰る飛行機で見たある映画のこのセリフで正月気分は一気に吹き飛んだ。
そして翌日からオフ明けに向けてのトレーニングを始めた。
なんて事はない。
箱根駅伝を見て、感化されて少し走った、だけ。
「大事な時に俺は何もできない」
昨シーズン18試合中17試合、試合に出た。いや、ピッチに立っていた。いや、グラウンドの境界の内側にいた。ただそれだけ。
前期チームのいい波に乗る事も、後期苦しむチームを助ける事も出来なかった。
俺がこれまで15年かけて積み上げてきた物はこんなものなのかと。
忘れられない場面がある。
後期日文戦後。昇格も降格もない最終節を迎える事になった時、キャプテンが俺に「もう引退したいな」って愚痴っぽくもらした。あんなにサッカーとア式大好きな奴が。いつものような軽い冗談だとは思うけど、あの居た堪れなさは忘れられない。そして、今年もそうなる可能性があるという事を忘れてはいけない。
昨年は「感情が大きく動いた」一年だったけど、悔しさとか情けなさとかマイナスの方への動きが大きかった。
今年は、まずは大事な場面にちゃんといる事。そしてそこで結果を残したい。
その為なら全てを捧げるし、どんな事にも耐えられる。
なんて事はない。
あまりにキツいのは勘弁して欲しい。
部活が休みなのはホントによくない。
最後の1年、いや後7ヶ月をどのように過ごそうかとかなんとか、意味のあるようでない事をうだうだ考えてしまう。
よく誰もに平等に与えられている唯一のものは時間というが、それは「速度」の話。
時間は誰に対しても同じテンポで進んでいく。
その中で何をするか。そのペースをどう体感するか。ここが個性を生む。閑話休題。
(これは大澤くんのブログを読んで俺も使ってみたいと思ったやつ)
高校の同期が引退ブログでサッカーを続ける意味を、ありきたりだけど興味深い例えを使って書いているので是非みんなに読んでみてほしい。
てか、全員絶対読むこと。
きっと俺はこれまで通り、一生続くかのように毎日練習して、そしていつの間にか最後の日を迎えるのだろう。それでいい。
極真空手の創始者である大山倍達は、晩年になって「拳の握り方が分からない」と自問を繰り返したそうだ。
俺のサッカー人生最後の言葉はきっと、、
実はこれが最後のブログの布石になっている。
なんて事はない。
3.最近の出来事
リクルートスーツ着るの嫌でボリオリとラルディーニの高級スーツを買ってしまった。
おれこういうとこだぞ。
だいかんやまーずそろそろ行きましょう。
我こそはという人いますか。特に1年生で。
就活の真面目な相談を父親にしても、ほな◯◯か〜、◯◯ちゃうか〜で返ってくる。許せん。
4.林への質問
@gs.comからメールがきたのですが、何のメアドか教えてください。
#26 松田悠太郎
2020年3月19日木曜日
「催眠サッカー」
1.質問の答え
もし新たにFCを作るならどんな活動目的の下で、どんなメンバーを集めますか?
→FCウイイレ。ウイイレのア式での1位を決めます。
メンバーはウイイレをやってる人なら誰でも参加できます。我こそはって人募集してます。
2.「催眠サッカー」
催眠術は本当だと思いますか?
この質問をされた時、ほとんどの人はNOと答えると思う。しかし、答えはYESだ。催眠術は存在する。
では、なぜ催眠術が実現するのか。ここには、サッカーで試合に勝つための大きなヒントがある気がした。
手が開かなくなる催眠術を例にして考えると、催眠術の仕組みは次の通りだ。
力強く手を握る→手が開かなくなる状態をイメージする→本当に開かないかもしれないと感じる→どんどん開かない気しかしなくなる→本当に開かなくなる
催眠術師によって、手が開かないかもという思い込みがどんどん作り上げられていき、最後には無意識のうちに体がそう反応している。催眠術師は思い込みを増す手助けをしただけにすぎない。
サッカーでも、思い込みが無意識のうちに実現していることはある。
例えば、PK。
キッカーの位置に立つ→ゴールが小さく感じる→外すかもなと感じる→どんどん外す気しかしなくなる→外す
ゴールが小さく感じる部分には、プレッシャーとかが影響していると思うが、意図せずとも、外すと思い込んでしまっていて、無意識のうちに外すような蹴り方をしている。
こんな風に、思い込みが深くなる状態ができてしまえさえすれば、サッカーでも催眠は実現する。これはマイナスの催眠にかかった例をあげたが、もしプラスの思い込みが作れたら、プラスの催眠にかかる。サッカーに催眠を活かすには、このプラスの思い込みをどうやって作るか。そこが重要になってくる。思うに、プラスの思い込みには自信が、マイナスの思い込みには不安が関わっている。自信があれば成功すると思い込むことができるし、不安があれば失敗すると思い込んでしまう。プラスの思い込みを作るためには、自分に自信を持たなきゃいけないわけだ。
では、その自信はどこから生まれるか。それまでの行動のすべてから生まれる。自信がつくもつかないもそれまでの行動次第。毎日の食事にこだわり抜いたこと、グラウンド整備を徹底してやったこと、ランで絶対に手を抜かなかったこと。全部自信の根拠になる。良いことに、能力と違って、自信は頑張るほどにつく。めちゃこだわり抜ければ、自信は絶対につく。
なので、全員が、何にでも、誰よりもこだわり抜いて、絶対負けるわけないって自信つけて、絶対負けるわけないって催眠かかった状態で試合をすることもできる。
これができれば、絶対負けない。
これを目指しませんか?
3.最近の出来事
・催眠術を体験したいと思った人、催眠術はウダッチカフェで体験できます。
・池尻大橋ではサッカーはできない
・あのおじいさんはめっちゃ正しい
4.松田への質問
好きな女性のタイプを教えてください。
#66 名徳泰地
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