2020年3月6日金曜日
「ルイスゼミへようこそ」
2019年3月13日水曜日
「今すぐに読んでみてください」
2018年8月10日金曜日
「うまくなるためには」
1.林からの質問の回答
フォートナイトで正直この人は使えないと思う人と、こいつといたらドン勝つって人教えてください。
→あまり明言は避けたいのですが、敵に撃たれた時に建築できるかできないかがフォートナイト で使えるかどうかを分けるポイントだと思います。僕たちがプレイしているのは荒野行動ではなく、フォートナイト です。その誇りを忘れて欲しく無いですね。
2.「うまくなるためには」
僕は小学校時代周りの同年代のプレーヤーに比べてとても恵まれた環境でサッカーをしていました。父親は僕を本気でサッカー選手にしようとしてくれていました。小さなボールを使ってリフティング練習をしたり、砂浜でドリブル練習をしたり、毎朝小学校が始まる前に車でサッカー場に連れていってくれて練習をつけてくれたり、内股気味に歩いていたので矯正のために整形外科に連れて行ったり。さらには、地域クラブでプレーしていてはプロへの道のりは遠いという父親の信念のもと、マリノスプライマリーに入ることを目標に日々練習をして行くことで、マリノスプライマリーに入ることもできました。周りの小学生が土のグラウンドでサッカーをする中、人工芝のピッチで週4回もサッカーをすることができていました。コーチやチームメイトの質は高くサッカーの環境としてこれ以上ないはずでした。僕より環境面では優れていないのに、僕よりうまいプレーヤーは沢山います。その理由はどこにあるのでしょうか。間違えなく自分の甘さにありました。環境があまりに整いすぎていて、小学6年生になり、みんなとの差が開いてきた頃にはそこから逃げることしか考えていませんでした。受験勉強があるから。平日に自主練をすると疲れるから。逃げる事は簡単でした。努力することほど苦しくないし、練習と違って結果に表れるまで待つ必要もないし。マリノスのジュニアユースカテゴリーに上がる試験にはもちろん不合格でした。サッカー人生において僕がおかした一つ目の大失敗でした。
中学受験の勉強に専念する、という理由でマリノスプライマリーを辞めた僕は無事浅野学園に合格し勉強面ではある程度成果を出しました。2月に受験関連のイベントは全て終了するので、すると父親は僕に中学に入ったならどこでサッカーをするのか、と聞いてきました。もちろん私立の勉強仲間たちとするサッカー環境ではプロになれる確率は低いので父親は地域の強豪クラブであるエスペランサに行くことを勧めてきました。偶然、小学校の地域クラブで一緒にプレーしていた友達も同じようにプロを目指しているようで彼と一緒に試験を受けに行くことになりました。彼は少なくとも真面目にサッカーに向き合ってきた側の人間でした。入学金免除で合格と言われた、とのことでした。一方僕はそういった待遇はなく、普通の合格でした。全ては自分の行動に起因していたことなのにそれに向き合うのが怖くて、これ以上真面目にサッカーに向き合いたくない、と思ってエスペランサはやめることしました。その時僕は気づきませんでしたが、その話をした時の父親の悲しそうな顔は二度と見たくないと思います。これが二つめの大失敗でした。
前のブログにも書いたことですが中学の頃の部活はゆるかったですが、中体連自体のレベルの低さから僕でも十分活躍できました。こうした現状に勘違いを持つようになりました。自分でもできる、自分ならできると思うようになりました。ぬるま湯に浸かっていた6年間でしたが、高3の春にやっとその勘違いに気づきました。湘南工科に4-0で負けてやっと気づきました。自分のサッカーは高校の県予選ベスト16では全く通用しない。小学校の時にプライマリーを目指してやっていた時が相対的に一番レベルが高かった。あそこから逃げていた分だけ自分のレベルは落ちていました。ランの時に100%出していなかった。キャプテンと東大でサッカーを続けている彼は疲労骨折するほど本気でやっていたのに。高校で決められた時間外に全くサッカーに取り組んでいなかった。慶應でサッカーを続けている彼は毎朝7:30に学校に来て一人で壁打ちでパス練習をしていたのに。きっと今のア式にいる人たちにも真面目に取り組んでいた側だったんだろうなって人は何人かいます(今も)。真面目に取り組んでいる側の人たちですらなかなか上達しないと苦しんでいる人たちがいるのに、湘南工科に自分が点を取れるわけが無かったんだと思います。そこから自分なりに必死になって練習しました。たくさん時間外に練習したし、色んな動画も見ました。でも二次予選に出れずにあっけなく6年間は終わりました。あの時は死ぬほど泣いたし悔しいと思いました。たった3ヶ月の努力で全てが変わるという勘違いをしていた僕は6年間真面目にサッカーをしていた数人のチームメイトの目にどのように映っていたのでしょうか。サッカーから逃げ続けた集大成の6年間が三つめの大失敗でした。
まとまりの無い文章になってしまいましたが、何が言いたいかというと、これらの失敗は全てサッカーに向き合う意識の低さから来るものでした。これだけ失敗を繰り返しても昔ほどで無いにしろ1年生の時にはサッカーに向き合えていたとは言えない時期もありましたし、今もそうでしょう。でも、過去はもう変わらないし未来は全然変わると思います。プロですらFIFAで1年間で10数値が上がる選手がいるのに大学四年間で自分が上手くならないとは全く思えません。更にはすごく矛盾したことのように思えますが、数々の失敗からもたくさん学べることがありました。サッカーに向き合えていなかった、という過去に気付いた時、今の意識はぐっと上がるはずです。もしかしたらサッカーにちゃんと向き合ってきた側の人たちのそれよりも高くなるかもしれないと思います。今サッカーに向き合えていないこともいつかのバネになるかもしれない。そうすれば意識の低かった時期も失敗ではなくなるかもしれないと思います。自分には3つの大失敗があったと思っていますが、今はまだ失敗と捉えるしか無いことですが、幸運にもまだあと2年間あります。いつか取り返して失敗ではなかったと思えるようになる日が来るように日々の練習を頑張っていきたいです。
少し長くなってしまったのですが僕が特に好きな高校顧問の言葉を2つ紹介します。1つめは「今の努力は3ヶ月以上経ってから表れるものだし、いつか必ず表れる」というものです。今の努力を続けて成果が上がるかはすぐわかることでは無いですが、周りの人より努力した分、そのほんの少しの努力はいつか成長として実感できるようになると考えると努力へのモチベーションになります。2つめは「意識しても忘れるのは三流、忘れることに気づき時折思い出して意識し続けるのは二流、意識してることに気づかないくらい意識し続けるのが一流」というものです。どんなうまい人でも最初はボールの置き所やシュートの打ち方などを意識して練習に取り組んでいたはずです。気づけばできるようになっている、というよりできないことに気づき続ける先に成長はあるのだと思います。意識の大切さやその脆さを自分なりに理解して向上力へとつなげていきたいです。
それでも人の意識というものは変わりやすくどれだけ強くあろうと願っても弱ってしまうことがあるかもしれないし、なかなか意識を高く持つことは難しいかもしれないと思います。ただ1つ言えることは今のア式にはサッカーやめた人は一人も居ないからいつかの失敗や後悔を成功や達成に変えられるチャンスがあるということです。「サッカーを辞めたいと思ったことは何度もあるがサッカーを嫌いになったことは一度もない」ロナウドが言ってたらしいですが、ああなるほど、と思いました。サッカーを嫌いになることは無理なのでこの先自分は気づかないうちにこれ以上失敗を重ねていくことがあるかもしれないですが、それ以上の成功を積み重ねいつか本当に悔いのないと言えるサッカー人生を実現させます。
3 最近の出来事:
意識が重要になってくるのはフォートナイト も同じ。打たれたらまず建築して階段を重ね上を取る。その際に床や壁を使用して耐久度を上げていき攻め上がる。簡単なことだが忘れがちになってしまうので今後も気をつけドンかつへと精進する。
八田にFIFA3点差で余裕勝ちしたのにあいつイキりすぎ。
4.たつへの質問
年下の魅力を教えてください
#58 ヘルバート弥呂
2018年5月8日火曜日
尊敬する人
1 #57からの質問
最近元気ありますか?
→元気はもちろんありますよ。この質問結構キラーパスじゃないですか?…
2 新歓期も終わりかけているなか、東京大学に無事合格しサッカーを続けるかどうか迷っている彼について書かせてください。
小学校の時の塾が同じだったのでもともと仲は良く、同じ部活に入ることになりました。いつだったのかはよく覚えていませんが入部してからキャプテンを決めることになり、彼はノリが良く積極性も高かったのでサッカー経験はそれほどありませんが、みんなからの後押しもありすんなりキャプテンに決まりました。中学時代の部活は多少緩く、また中体連自体それほど強くないので浅野中学サッカー部は県大会でベスト16に進むなどまずまずのチームでした。
しかし、高校となると話が全く変わってきます。厳しい顧問の先生がいるとか、ランがきついとかで人数は減り、周りの対戦校のレベルは断然高くなります。そんな中で浅野高校では選手主導という制度が数年前から始まっていて、学生でサッカーのことはやっていく体制となりその中心がキャプテンでした。今で言うGMとキャプテン兼任のようなものです。顧問の先生の指導のもと選手権神奈川県予選ベスト8まで勝ち進んだのはもう昔の話となっていました。
自分達の代の初戦、K2昇格戦の海老名高校との試合ではまとまりのない戦術しか生み出せず圧倒的に押しているのに負けてしまいました。みんなで悩んだ末に選手主導体制は辞めて顧問の先生の指導下にあった状態に戻してもらうべく先生と話し合いをしましたが、先生には断られてしまい、一年間この体制でやっていくしか無くなってしまいました。
個々のレベルもチーム戦術のレベルも高くない浅野高校サッカー部でしたが、練習メニューから一人一人へのアドバイスまでキャプテンが中心となってやってくれました。その結果総体では鎌倉高校に勝利し二次予選に進むこともできました。チームの状態はそこから上向きなって行き選手権の一次予選も危なげなく決勝まで進むことができました。
浅野高校では数年ぶりとなる二次予選の出場を夢見て、万全の状態で一次予選の決勝の百合ヶ丘高校戦に挑みました。しかしここでも圧倒的に押している試合展開にも関わらず負けてしまいました。
僕が思うのは海老名高校戦、百合ヶ丘戦に負けてしまったのは選手主導体制のせいではなく、僕をはじめ部員のサッカーへの取り組みの甘さが出てしまったのだと思います。誰もがキャプテンのような姿勢でサッカーに向き合っていればもっと強いチームになれたはずです。今の僕に活かせることがあるとすれば同じ失敗を繰り返さないように真摯にサッカーと向き合う四年間にすることです。
最後に、僕は、公式戦への出場機会がほとんどないにも関わらずこれほど高い意識を持ってサッカーに取り組んでいた彼を尊敬します。ゴールデンエイジにサッカー経験がなくとも、現状ほかの部員に技術等の面で負けていても、その姿勢で大学四年間サッカーに取り組むことができれば東京大学で試合に出れるようになると思います。自分は未だ胸を張って真摯にサッカーに向き合えているとは言えませんが、この先、自分、彼や僕の同期、後輩と同じピッチに立ってリーグ戦が戦えれば幸せに思います。
3 最近の出来事
八田の前髪クセ強すぎる。
4 #59への質問
最近はまっているものありますか?
#58 ヘルバート弥呂
2017年10月5日木曜日
ア式蹴球部に入部して
僕はもともと大学でサッカーを続けるつもりで一橋大学に入学しました。大学でサッカーをやることへの意味について考えたことはなく、今まで通り当たり前になっていったサッカーを続けよう、くらいの感覚でした。しかし入部してすぐ自分の思っていたレベルより高い一橋のサッカーを実感し、これから努力をしていこう、と思いました。しかし、思うことと行動することは全く別のことで、一時的なモチベーションは努力の継続に繋がることはあまりない、と今までサッカーを続けてきて実感しました。こんな風にもやもやと考え続けてるうちに活動休止期間になりました。活動休止期間中はそうしたことについて考える場が与えられました。その意味でこれからの部活をより有意義に過ごしていくための時間になったと思います。これからの部活では細かなことまでこだわってサッカーが上達できるように頑張りたいです。
最近の出来事
一人暮らし寂しいです
#58 ヘルバート弥呂