「自負」
僕の12年間のサッカー人生が4日ほど前に終わりました。引退した翌日には堕落した生活になり、朝起きることができなくなりました。布団にくるまり、だらだら過ごす中で考えたことや思い出したことを書いていきたいと思います。
僕は1度サッカーを辞めた。挫折といえば聞こえは良いけど、実際はただ逃げただけ。
そしてこの前もう一度サッカーのスパイクを脱いだ。今度は何だかよく分からない感情を持って。
振り返ると、ア式に入ったのは、一度は逃げたサッカーへの未練を断ち切る為だったと思う。自分の満足のいくまでサッカーを楽しみ、それから社会人になりたい、そんな風に考えていた。
いざ入部してみると、土日しか部活に参加できなかった。正直この時期が一番キツかった。技術がない自分が、いきなり練習試合に出ることになり、ついていけなかった。ボールが来ないことを願うレベルで、辛かったのを覚えている。一緒に練習試合に出る先輩や同期に対して毎回毎回申し訳なかった。
最初に仲の良かった同期が辞めたいと言いだした時、僕は止めようとした。自分もそっちに傾いてしまいそうだったから。そんな中で、毎週木曜日の木曜練はめちゃくちゃ楽しかった。暗くて何も見えない小平で走り込みをしたり、ひたすら基礎練をしたり。同期がどんどん辞め、何度か自分もその選択肢を考える中で、木曜練は自分とア式をつなぐ唯一のものだった。
冬になって平日の練習に参加できるようになり、必死に食らいついた。同じポジションの先輩が色んなアドバイスをくれたり、練習に付き合ってくれたりした。少しずつ見えるものが変わっていき、できることが増えていった。結局その後骨折をし、部停もあり、気づけば新人戦の時期になった。
新人戦。僕はこの学年の中で数少ないベンチ外の選手だった。同期が中心になってチームを引っ張り、支え合っているのを外から見ているだけ。それが自分の実力であり、現在地なんだと自分に言い聞かせたものの、中々前を向くことができなかった。
3年目。
関西遠征。ホームだからとか冗談で言ってたけど、本当にホームだった。自分でもびっくり。新人戦をバネにできたんだと思う。その後はジェットコースターのようで、一瞬アミノに出たり、点が全く取れなかったり。間違いなく一番成長できた年だった。
4年目。
この前の国公立戦決勝。正直悔しかった。よく一緒に試合に出てた同期が目の前で試合をしている。またかよ、とも思ったけど、それは1年の時から自分の弱さを積み重ねてきた結果だからと割り切った。
そして5日前。ひかりが試合に出てきた時点で、感極まってはいたんだけど、耐えられなかった。嬉しいとか悔しいとかそういった感情ではなくて、同期や後輩が自分の名前を呼んでくれていることやシュートを打つ前の光景がそうさせたんだと思う。これはきっと4年間で自分が積み上げてきたものだと思う。
この4年間は1度逃げたあの時の自分の弱さと向かい合い続ける4年間だった。あまり声を出して引っ張ったりできなかったのはずっと自問自答してて手一杯だったから。
楽しめた?
満足か?
限界?
あと一歩足を運べそう?
3歩進んで2歩下がることもあれば、2歩進んで3歩下がることもあって、自分なりにもがいた、もがくことができた4年間だった。
リーグ戦に出て活躍するっていう表には立てなかったけど、裏で積み上げたものにはそれなりの自負がある。その自負を最後に少し見せられたかなとも思っています。
ここまで自分を成長させてくれたア式、先輩、同期、後輩に出会えてよかったです。
4年間ありがとうございました。
最近の出来事
・アーセナルのメンバー会員になりました。身分証みたいなのもロンドンから送られてきました
・東京で年を越す可能性が高くなってきました
・読書始めました。おすすめの本教えてください
#9 杉山恭平
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