2019年6月4日火曜日

「恩師 赤ジャー」

1 海谷の質問への回答

サッカーのなかで一番嬉しい瞬間は何ですか
今まで止められなかった相手を止められるようになったときです

プロサッカーを見てて憧れるシーンはありますか
恐ろしいくらいうまいボレーやロングシュートを見るとカッコいいなってすごくおもいます


2 恩師 赤ジャー

東京学芸大学附属高校出身の遠藤慎之介です。
一番最初に入部した一番下手くそな人間です。

高校を卒業し、大学に入り、サッカーをやめていく人間の多さに驚かされた。15人強いた学芸大附属の現役同期のうち体育会でサッカーを続けたのは2人だった。大学内のクラスでもサッカー経験者は多いが、部活には入っていない。思えば、大学でもサッカーを続けるのはうまい人ばっかなのだろう。僕のような下手くそは中々いない。入りたいと思う人がいても、練習を見学して入部をやめるのかもしれない。

実際、サッカーを続けるかは真剣に悩んだ。高校2年の文理選択のときも、高校三年の志望校選択のときも、サッカーを念頭に置いて考えた。正直なぜ自分がサッカーを続けたいと思っているのか、理解ができなかった。周りに追い付けず苦しい思いをし、かといってプロの試合が好きなわけでもない。そんな漠然としたサッカーへの思いが整理できたのは受験が終わってオランダへ旅立った2月の終わりだと思う。

高校入学時もサッカーを続けるかどうか迷っていた。この頃はサッカーが別に好きなわけでもなかった。惰性で仮入部に行き、練習後に集まった際、先生にいきなり受験太りを揶揄された。何故かそれが無性に癪に触って悔しくてサッカー部に通い続けた。周りは上手かった。クラブチームでやってたやつも多く練習はしんどかった。それでも上手くなりたくてもがき続けた。
何度もやめたいと思ったし、何度も心が折れた。それでも、栗原先生が何度もチャンスをくれたことでいつももちなおしていた。グラ整をしない上手いやつにかわってグラ整しかできない僕を何度も使ってくれた。そして、いつしかサッカーが、そしてサッカー部が大好きになった。

引退するとき、合格が決まったとき、一橋のサッカー部に入るかものすごく悩んだ。サッカーは続けたかった。でも、実力が皆無なことも十分理解していた。その時にいつも浮かんだのは栗原先生だったと思う。時間、労力を割いて僕らサッカー部を支えてくれ、僕らとぶつかってくれた。その熱い思いに、もう一度サッカーに真剣に向き合いたいと思うようになった。

栗原先生には感謝しかないです。

そして、今はサッカーが楽しくて仕方がないです。


3 最近の出来事

タコ焼き器を買ってからタコパにはまりました
気になってたことうまくいきそうになくて悲しい
もじ蔵にどうしてもいきたいので誰か一緒に行きましょう


4 いぶきへの質問

なにげに立川のご飯屋さん全然知らないので立川のチェーンじゃない美味しいお店教えてください。


#13 遠藤慎之介

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